海洋生物による皮膚疾患

ーハブクラゲとウンバチイソギンチャクによる刺傷を中心にー

 

仲本昌一1)、上里博2)

1)那覇市立病院内科(元沖縄県立中部病院救命救急センター)

        沖縄県那覇市字古島172-1(院長;内間壮六先生)

2)琉球大学皮膚科学教室講師(主任;野中薫雄教授)

        沖縄県西原町字上原207

Stings of Box-jellyfish and Sea anemones

Masakazu Nakamoto1) Hiroshi Uezato2)

1)Naha City Hospital

2)Department of Dermatology, University of the Ryukyu

【要約】日本の南端に位置する沖縄県では、海洋洋性危険生物による刺傷が多くみられる。特に腔腸動物のハブクラゲとウンバチイソギンチャクは皮膚病変に加えて、重篤な全身症状が伴うことがある。ハブクラゲによる刺傷は最も頻度が多く、死亡例もみられる。皮膚病変は瘢痕を残す例や再発例もあり、全身管理や局所病変への対応を熟知しなければいけない。ウンバチイソギンチャクによる刺傷は、全身症状のみならず局所病変の強い壊死のため深い潰瘍形成や激痛を訴える。それら疾患の原因生物ないし臨床的特徴および治療について解説した。

【キーワード】海洋性危険生物、ハブクラゲ、ウンバチイソギンチャク、全身症状、治療

【はじめに】海の生物には、陸の生物と同様に種や自己を保存するため、毒を持つ生物が生息する。とりわけ熱帯〜亜熱帯の地域には美しい姿・形をした猛毒を有する生物が数多く存在する。日本の南端に位置する南西諸島も亜熱帯地方特有の有害海洋生物が存在し、観光と海洋レジャーの人気に伴い、海洋有害生物による種々の被害が発生している。

 平成6年度の沖縄県衛生研究所による海洋性危険生物対策事業報告書1)では、1994年の1年間に85件の被害の報告がある。その中で腔腸動物によるものは63件、刺毒魚16件で、それらが全体の約9割余を占めている。最も多い腔腸動物による被害は、皮膚障害から死亡に至る重篤な症例まであり、かなり深刻な社会的問題となっている。最近では被害を及ぼす海洋生物の種がほぼ限定されていることも明らかになり、若干の新しい知見も得られている。本項目では沖縄県の日常診療で最も多く遭遇するハブクラゲとウンバチイソギンチャクによる刺傷を中心に解説を試みたい。

T)ハブクラゲ(chiropsalmus quadrigatus Okinawa)による刺傷

 症例12才の男児で、主訴は意識障害、呼吸困難である。1988826日午後6時30分頃、沖縄県中部の金武湾のビーチで海水浴中、突然悲鳴をあげたため、父親が抱き上げると臀部、両下肢にかけてクラゲの触手と思われる糸状物が多数張り付いていた。直ちに触手を除去したが、患児の眼球が上転し、意識消失及び全身チアノーゼが見られ、呼吸が停止した。父親が数回人工呼吸を施した後、息を吹き返した。救急車が要請され、チアノーゼ・不隠・脈拍微弱の状態で救命救急センターに搬送された。来院時、患児の血圧は60/30mmHg、呼吸数42/分、脈拍数132/分、体温37.6℃であった。全身状態は不良、意識は昏迷状態であった。肺野では吸気、呼気ともに喘鳴が聴取され、陥没呼吸を認めた。殿部、会陰部、両大腿にかけてミミズ腫れ様の多数の線状の発赤病変が見られた。直ちに酸素投与、エピネフリン、アシド−シスの補正、ステロイド、抗ヒスタミン剤、気管支拡張剤を投与した結果、全身状態はしだいに改善し、第5病日に軽快退院した。来院時の胸部X線撮影では肺水腫を認めた。

 症例27歳の女児で、主訴は意識混濁、刺傷部有痛性腫脹である。1993825日午後1時頃、沖縄県中部の伊計ビーチで海水浴中「痛い!」と泣きながら患児が浜へ上がってきたところ、クラゲの触手が左大腿部を中心に触手が付着していた。周囲の人が触手をとり除き、ビーチの監視員が酢とモンパノキのエキスを患部に塗布した。約5分後、患児は意識消失し、顔面蒼白になったため、2〜3回人工呼吸をしたところ、自発呼吸が出現した。顔色も蒼白色からピンク色に戻った。意識は不穏状態で、救急車で約1時間後救命救急センターへ搬送された。来院時の患者の状態は、意識状態は不穏(Glasgow coma scaleE;4, M;4, V;2点)、血圧120/80mmHg, 脈拍数180/, 呼吸数32/分であった。皮膚病変部は右手と左下肢を中心に分布し、多数の階段状(または破線状)の線状の腫脹が認められた(図1、2)。治療はソルコーテフ100mgを投与し、除痛の目的のためペンタジン15mgを静注した。刺傷部にはデルモベート軟膏の外用と氷例を行った。翌日からプレドニン20mg/日の投与を開始し、刺傷部周囲の腫脹も軽減したため、入院3日目に退院となった。刺傷部の一部は線状の潰瘍を形成した。同部の上皮化した後、受傷18日目からケロイドの予防目的で、圧迫療法とリザベン内服及びデルモベート軟膏の外用を行なった。しかしケロイドの形成がみられ、醜形な後遺症を残した。

 クラゲ刺傷による死亡や重篤例はオーストラリアのchironex freckeriphysalia physalis 等では知られている2が、chiropsalmus quadrigatusによる同様な症例は本邦では著者らの報告以外にはない34。著者はここに提示したchiropsalmus quadrigatus(沖縄産亜種,ハブクラゲ)による心肺蘇生を要した刺傷例2例以外に沖縄県では、死亡2例、呼吸停止・意識障害2例、心肺停止の救命例1例が報告されている。それらの症例に共通する特徴として、@全例子供である、A刺傷(数十本の触手を型どったみみず腫れの膨隆疹)が広範囲にある、B刺傷後数分で、意識障害、呼吸抑制が起こり、また血圧低下、心停止に至ることもある、C居合わせた者による素早い心肺蘇生が有効である、などの臨床的共通性があった。

 局所の皮膚病変は刺傷部にハブクラゲの数十本の触手の痕を型どった階段状のミミズ腫れを呈し、数日後には線状潰瘍を形成し、醜形な瘢痕を残して治癒した。全身症状を伴わなかった軽症例では刺傷後に強い掻痒感を訴える例もあり、また皮疹の再燃を呈するものも認めた。

 研究が精力的に行われているオーストラリアのchironex fleckerichiropsalmus quadrigatus(沖縄産亜種,ハブクラゲ)を比較してみると、形態がよく似ていること、同じ熱帯アンドンクラゲ科であり、傘が立方体をしており、立方クラゲ類の仲間であること、両者の大きさは異なるが、生殖巣、触手の付き方、刺胞の列び方が類似する。その触手の表面には多数の刺胞が存在し、その刺胞が刺激を受け刺糸を皮下まで突き刺し毒を発射するなどの共通点がある(図34)。一方、相違点はchironex fleckeriは約3mの触手が15本づつ計60本あり、傘の四隅に4本の足(pedalia)がみられるのは前者と同じだが、ハブクラゲでは約40cmの糸状の触手が各々に7本づつ計32本備えていることが異なる5)。

 ハブクラゲの毒は、全身症状として中枢神経障害、呼吸抑制、心臓障害があり、局所症状としては皮膚障害が強く起こり、オーストラリアのchironex fleckeriと同様な毒と推定される67。オーストラリアのchironex fleckeriは成人においても死亡例があるが8、幸いハブクラゲは個体が小さい分だけchironex fleckeriと比較するとその症状の発現が弱いと推察される5910

 ハブクラゲの月別刺傷発生状況をみると、6月〜9月に限られている1)。

 ハブクラゲの応急処置(全身症状に対する処置)はchironex freckeriの治療に準じる11。すなわち@救出、安静、A5%酢酸、B緊縛または圧迫包帯し固定する固定、C意識障害-呼吸停止の場合は心肺蘇生を施行する。オーストラリアでは重症例は抗血清も救急隊員により投与される。触手の除去は、通常受傷時には触手が皮膚に付着しているので、まだ毒を発射していない時点で刺胞は取り除かなければならない。オーストラリアでみられるChironex fleckeriの場合、35%の酢酸に浸ければ刺胞が脱水し発射が抑えられることがわかっており、ビーチ内に常に食酢が用意され受傷時30秒以内に2L以上かけることになっている。食酢をかけると触手が萎縮し、はげ落ちる。不用意に素手で取り扱うと2次的な刺傷が起こる。真水を使用すると刺胞を刺激し、発射を促すことになり禁忌である。民間療法としてモンパノキのエキスが用いられているが、モンパノキのエキスの中にはハブクラゲ毒の溶血作用を抑えることはin vivoで証明されている(富原靖博、私信)が、まだ臨床での有効性は証明されていない。

 疼痛に対する処置としては、腫脹や疼痛が強い例ではその軽減のため、冷却湿布や鎮痛剤の投与以外に現在のところ方法がない。食酢は刺胞の発射を抑えるのであって、毒を中和する作用を有しないため疼痛の緩和にはならない。

 皮膚病変の処置は、刺傷部の皮膚障害も強く、発赤、腫脹が激しく、線状に水泡を形成し、しだいに潰瘍化し瘢痕を残すので、強力なステロイド外用剤を受診時から使用する。また受傷1週間前後で消退傾向にあった皮疹が掻痒を伴い、再燃することもあるので注意を要する。その他刺傷後破傷風を合併することがあり、破傷風トキソイドの予防を行う。また刺傷部に2次的な感染があれば抗生剤を使用する。

U)ウンバチイソギンチャク(Phyllodiscus semoni)による刺傷

 症例は44才の観光目的で来県した女性である。平成4年731日、沖縄県今帰仁ビーチ30m沖の水深約50cmの珊瑚礁を歩いていたところ、ウンバチイソギンチャクの刺傷にあった。刺傷時、激痛が右足首にはしり、その部分に触手があったので手で取り除いた。患部に食酢をつけ、近医を受診した。刺傷部の発赤、腫脹、熱感、疼痛が激しく、不眠の状態であった。その後嘔気・気分不良の全身症状もあり、2日後救命救急をセンターを受診した。刺傷部はウンバチイソギンチャクの体表面を鋳型にしたような地図状の紅斑を呈し、その紅斑部には直径23mm大の紅色の丘疹が融合していた。さらに患側肢全体がピンク色に腫脹していた(図5)。治療はソルメドロールの静注投与、シプロキサンを経口投与し、患部にはコールドパックとデルモベート軟膏を塗布した。嘔気等の全身症状は次第に改善し、疼痛もやや軽減した。右膝下まであった腫脹は足首までに限局していったが、歩行は不可能であった。第35病日になっても歩行すると患部の腫脹がみられた。同部へケナコルト2倍希釈液を局注したところ、症状の改善を認めた。第47病日に退院したが、未だ歩行時には若干の腫脹および疼痛がみられ、職場復帰は無理な状態であった。

 イソギンチャクによる刺傷例は少なく、とりわけウンバチイソギンチャクによる刺傷例は調べ得た限り、海外を含め著者の報告例以外はない。著者は19896月沖縄県恩納村での最初の刺傷例以来すでに9例を経験している121314

 ウンバチイソギンチャクはカザリイソギンチャク科の一種で、水のきれいなビーチ前の礁池(イノー)内の浅い海底に棲息し、岩盤や珊瑚礫に足盤で付着している14)。その形態は直径20cm大の饅頭型をし、上面中央部に口盤があり、周囲には細かく枝分かれした触手を有し、体壁の表面は球形状の袋に覆われている。触手、刺胞嚢のいずれにも刺胞が存在し、その中に矢のような刺糸が収まり、これで接触した物を刺し、刺糸中の毒を注入する(図6)14)。ウンバチイソギンチャクの分布は沖縄県内で延べ26地点から刺傷例と棲息の通報があり、県内のすべての地区にまたがっていると推測される。刺胞の毒は分子量10,000以上の蛋白質で、世界のイソギンチャクのなかでも強力な毒性を持つと言われている14)。症状は刺されると同時に激痛がおこり、受傷当日は痛みが激しく、悪心嘔吐、気分不良等の全身症状も伴う。受傷23日目になっても刺傷部は腫脹、熱感の増悪が見られる。他の症例でもほぼ同様な経過であった。

 皮膚所見は、ウンバチイソギンチャクを鋳型にしたような地図状の紅斑を呈し、紅斑内に直径23mm大の赤色丘疹が融合する。刺傷部だけでなく患側肢全体がピンク色に腫脹する。局所病変の腫脹は長期間続き、皮膚潰瘍を形成して2次感染も起こしやすく、治癒困難例がある。2次感染の起炎菌には海水汚染菌のMarine viblios Aeromonadsなどや、また溶連菌感染、黄色ぶどう球菌などを考慮しなければならない。

 刺傷直後の皮膚生検を行った症例が少ないため、詳細な皮膚病理組織所見は明かではない。ウニの採取中に右第2・3指を刺傷し、植皮になった46歳の男性例(漁師)の病理組織では表皮や真皮におよぶ広範囲の変性・壊死がみられ、血管壁は肥厚し、血栓形成や出血が認められた。

 刺傷の応急処置は他の腔腸動物と同様に3%酢酸で湿布し、疼痛の軽減にはコールドパックがよい。局所の刺傷部にはステロイド軟膏を用いるが、特に我々の経験した重症例にはステロイドの局注が著効したので、症例によっては局注も考慮すべきである。手指の刺傷例では進行性の壊死がみられたので、プロスタグラジンE1の投与や皮膚欠損部への植皮術を行った。その他患部の腫脹が著明な症例では減張切開も施行した。以上のように疼痛の軽減や局所の処置も様々試みたが、決め手となるものは無く、各症例毎に対応するしか現在のところない。局所感染の対策としては、破傷風トキソイドの投与や2次感染の防止のため、経口ではテトラサイクリン、シプロキサンなどを使用する。また重症例ではアミノグリコシド系や第3世代セファロスポリン(セフォタキシム)などを静注する。

今後の対策として、ウンバチイソギンチャク刺傷例には治療が遷延し、職場復帰するまでに46ヵ月要する症例もあるため、積極的な海洋性危険生物の啓蒙活動が必要である。さらに毒の分析、血清投与も含めた新しい治療法の確立が望まれる。

【文献】

1)新城安哲、海洋性危険生物による被害の調査(U)、平成6年度海洋性危険生物対策事業報告書、沖縄県衛生環境研究所、中央製版印刷、沖縄県大里村、pp1-7、平成7年3月

2)McGoldrick J., Marx JA., Marine Envenomations; Prat 2: Invertebrates, J. Emerg. Med. 10: 71-77, 1992

3)仲本昌一、崎原永作、心肺蘇生を要した3例のChiropsalmus quadrigatus(沖縄産亜種、ハブクラゲ)刺傷、日本救急医学会雑誌、56251994

4)小濱守安、四方啓裕、安次嶺馨、奥間稔、我那覇仁、玉那覇康一郎、島袋淳吉、吉里時雄、伊左真之、花城可雅、仲本昌一、1988年1年間に経験したクラゲ刺傷例の検討、小児科臨床、45347-3511992

5)山口正士、立方クラゲ類とその生活史、海洋と生物、21248-2541982

6)Williamson JA., Current challenges in marine Envenomation: an overview, J. Wild Med., 3: 422-431,1992

7)Williamson JA., Box-jellyfish venom and humans, Med. J. Aust.140: 444-445, 1984

8)Williamson JA., Callanan VI., Hartwick., Serious Envenomation by northern Australia box-jellyfish (Chironex flekri), Med. J. Aust., 1: 13-15, 1980

9)Bengston K., Nichols MM., Schnadig V., Ellis MD., Sudden Death in a Child following Jellyfish Envenomation by Chiropsalmus quadrigatus, JAMA, 266: 1404-1406, 1991

10Freeman SE., Turmer RJ., Cardiovascular effects of cnidarian toxin: A comparison of tentacle extracted from Chiropsalmus guadrigatus and Chironex freckeri, Txicon. 10: 31-37, 1972

11Auerbach PS., Hazardous Marine Animals, Emerg. Med. Clinics of North America. 2: 531-544, 1984

12)仲本昌一、崎原永作、沖縄県におけるウンバチイソギンチャク刺傷について、日本救急医学会雑誌、44671993

13)仲本昌一、山城清二、崎原永作、楢原進一郎、小田裕次郎、新城安哲、下地邦輝、富原靖博、ウンバチイソギンチャク症例、沖縄医学会雑誌、31217-2191993

14)新城安哲、野崎真敏、下地邦輝、吉田朝啓、安富祖豊広、上原良典、知念正常、沖縄県で発生したイソギンチャク刺傷例、沖縄県衛生環境研究所報、23123-1301989