[症例提示]急性喉頭蓋炎の症例

主訴;咽頭痛、嚥下痛

既往歴;糖尿病、降血糖薬を服用。

病歴;午後6時ごろより、激しい咽頭痛、嚥下痛と発熱が出現。その後食事がとれず、近くの夜間急患センターを受診し、咽頭炎の診断で処方を受け帰宅した。その後深夜午前3時には、声が出ない、仰臥位になると息苦しく、静かに呼吸しないとのどが閉塞される感じがあり救急車を要請し、救命救急センターに搬送された。

所見;意識清明、血圧140/80mmHg、脈拍128/分、呼吸数22/分、体温38.4℃。喉頭部においてかすかにstridor(吸気性喘鳴)があり、坐位になり流涎(よだれ)を認めた。

経過;成人急性喉頭蓋炎を疑い、X線撮影移動時に、意識消失、チアノーゼ、気道閉塞状態になった。輪状甲状靱帯穿刺をトラヘルパーで施行し、直ちにICUへ収容し、気管支鏡でサクランボのように腫大している喉頭蓋を確認し、気管支鏡ガイド下に気管内挿管をした。

T 初期対応

@     夜間急患センターの当番医は胸部X線と心電図をチェックして、症状より咽頭炎と診断し、解熱鎮痛剤を処方し帰宅させた。

A     救命救急センターの研修医は成人急性喉頭蓋炎を疑ったにもかかわらず、2階にあるX線室で頚部X線側面を撮影しようとした。

U 初療医の対応の検証

@     この患者は咽頭痛、嚥下痛、嚥下障害があるにもかかわらず、口腔内をみた限りでは扁桃腺や中咽頭後壁には発赤、腫脹、膿の付着な認めなかった。従って、激しい咽頭痛、嚥下痛を証明する所見がむしろ下咽頭、喉頭にある可能性が大であり、喉頭蓋を確認、あるいは嚥下障害を説明できる病態を診断できるまでは帰宅させてはならず、上級医か専門医にコンサルテーションすべきである。(文献1)

A     救命救急センターの研修医は、チアノーゼはなく会話が可能であったので確定診断するためにX線撮影をオーダーしているが、成人急性喉頭蓋炎の場合、stridorや坐位で舌を出す格好になった場合、いつ気道閉塞に陥ってもおかしくなく、最悪の場合気道確保困難できず死にいたる例もあるので、まず安全に確実に気道確保できる医師を呼びながら、ICUや手術場に入室させるべきである。(文献2)

V ベテラン医師からのアドバイス

急性喉頭蓋炎は適切な治療が行われなければ窒息に至ることのある救急疾患である。従来は急速に気道閉塞を起す小児疾患と考えられていたが、最近では国内外ともむしろ成人例が多く報告されていろ。本邦では欧米に比し小児例は少なく、ほとんどが成人例である。

(1)成人急性喉頭蓋炎は、一般的な上気道症状である咽頭痛、嚥下痛を主訴に初診時救急外来や一般外来を訪れることが多く、いろんな科の外来医師がこの疾患を意識することなく上気道炎・咽頭炎として見逃すケースが多く、再来時には気道閉塞状態になり搬入されるケースがある。

@     通常の上気道炎・咽頭炎との最大の鑑別診断のポイントは、口腔内に所見に乏しい急性の喉咽頭痛・嚥下痛は積極的に急性喉頭蓋炎を疑い、喉頭蓋を確認することである。咽頭炎や扁桃炎では激しい嚥下痛はなく、まして嚥下障害はほとんどない。しかも口腔内に所見がなければ下咽頭・喉頭にある。

 我々は、3年間で成人急性喉頭蓋炎を10例経験したが、その症状(図1)は喉咽頭痛、嚥下痛、嚥下障害がほとんどであり、stridorはわずか3例であった。米国の1施設129例の成人急性喉頭蓋炎分析でも同様の結果である。むしろstridor等の呼吸器症状の出る前に診断すべきだと考えている。

 頚部側面単純X線は、急性喉頭蓋炎であればthumb signなどの特徴的な所見が90%以上得られると言われている。

A     専門医のコンサルテーションであるが、初期研修医では間接喉頭鏡、喉頭・気管支ファイバーで喉頭蓋を確認することは難しいので、たとえ深夜でも上気道閉塞のこともあるので、専門医または上級医へコンサルテーションすべきである。

B     専門医に引き継ぐまでのに最低限すべきことは、安全な気道確保である。本邦では、急性喉頭蓋炎の文献報告846例中94例に11.1%に気道確保を要し、米国では1520%程度である。成人急性喉頭蓋炎の場合、全ての症例が気道閉塞に至るわけではなく、どの症例を気管内挿管あるいは気管切開すべきか議論のあるところである。少なくとも、stridor、坐位や流涎、その他の呼吸器症状がある症例には、上級医と共に安全に確実に気道確保をできる体制、即ちいつでも輪状甲状靱帯穿刺できるようにし、気管支ファイバーによる気管内挿管や気管切開のできる医師を呼びながら、ICUか手術場へ連れて行くことである。成人喉頭蓋炎の起炎菌は必ずしもインフルエンザ菌ではなく、パラインフルエンザ菌、溶連菌、ブドウ球菌など、軽症例ではウイルスも考えられ、気道確保なしに抗菌薬などの内科的治療のみで退院する例もある。

(2)小児急性喉頭蓋炎は、成人例と臨床像が異なり2〜6歳の小児に、高熱、強い嚥下痛にstridor(吸気性喘鳴)、陥没呼吸、流涎(よだれ)、坐位などの呼吸困難を呈して来院する。喉頭蓋炎と診断した場合、突然の呼吸停止など、病状の急変が予測され、全例に気道確保が必要である。小児では気道面積(π×r;半径の二乗分小さい)が小さい。@小児の上気道閉塞・狭窄を呈する鑑別診断としては、本疾患より実際の臨床の場では圧倒的に多いウイルス性喉頭炎であるクループが鑑別対象となる。クループでは年齢が3歳以下で、犬吠様咳嗽があり、嚥下障害はなく、概観も比較的元気である。

(3)その他の急性喉頭蓋炎;最近、小児,成人とも熱湯や熱ガスによる急性喉頭蓋炎の症例が報告されている。症状は感染性喉頭蓋炎と同じである。

文献

1)      仲本昌一、与座朝義、神野哲、他:救急室における成人急性喉頭蓋炎の10例.救急医学、13巻3月臨時増刊号:S-184, 1989

2)      仲本昌一:口腔内に所見のない咽頭痛は急性喉頭蓋炎を疑え.JIM, Vol. 2:160-61, 1992.

3)      林泉, 川崎洋, 小田代政美:成人の急性喉頭蓋炎.蘇生、201号:52-572001

4)      Franz TD, Rasgon BM, Quesenberry CP: Acute Epiglottitis in Adult: Analysis of 129 cases. JAMA 272:1358-1360, 1994

5)      佐々木礼子, 鈴木啓二, 宮田章子, 他:気管内挿管により救命した急性喉頭蓋炎の2症例.小児科臨床、446号:1463-14671991