【腹痛】 腹痛はしばしばみられる症状であるが,幼小児の表現の不明確さのために具体的に把握するのが難しく,診断に迷う場合が多い.小児の腹痛の多くは機能的なものであるが,診断に際してはまず救急処置を必要とする外科的疾患を除外しなければならない.そのためには,次のような詳細な病歴の聴取及び理学的検査が特に重要である. 〈病歴〉 1. 腹痛の性質:腹痛が急性か慢性か,持続的か間歇的か,激痛か鈍痛かを判別する.食事や排便との関係,深呼吸,咳,歩行などで痛みが増強しないかも問診する. ・ 新生児,幼若乳児の場合,号泣,顔面蒼白,下肢の腹部への屈曲などが腹痛の症状となることがあるので注意が必要. ・ 幼児が"ぽんぽんが痛い"といっても,必ずしも腹痛を意味せず,単にその子にとって"調子が悪い,気分が悪いこと"の表現であることも多い.腹部以外の異常にも注意する必要がある. ・ 腹痛を訴えていたかと思うとしばらくすると元気に遊んだりするする場合は機能的な原因が多い.食欲がふつうにある場合も外科疾患は稀である.逆に数時間も持続する痛みや,お腹を触らせないような痛み,体位や運動で増悪するような痛みは器質的疾患を疑う. ・ 食事や排便と関係する痛みは機能性のことが多い. ・ 救急室でとりあえず対応しなくてはならない腹痛は通常,急性腹痛であり,慢性腹痛は外来回しでもかまわない. 2.腹痛の部位:痛みの場所がどこか,移動しないか. ・ 一般に限局性のない痛みは機能性のことが多いが,急性虫垂炎の場合は上腹部,臍周辺部から始まり,次第に右下腹部に限局することも多い. 3. 随伴症状:消化器症状(嘔吐,下痢,便秘,血便),消化器外症状(発熱,咳,上気道炎症状,皮疹,排尿痛),外傷,月経などを聞く.腹部手術,慢性疾患の既往も聞く. ・ 頭痛,めまいなどの多彩な症状→心因性,起立性低血圧 ・ 熱,上気道炎症状,咳→急性胃腸炎,呼吸器疾患 ・ 皮膚の紫斑,激しい腹痛,血便→アレルギー性紫斑病 ・ 血尿→尿路結石 ・ 下痢,便秘→腸炎,腸管系の異常 ・ 頻回の嘔吐→胃腸炎が多いが,腸閉塞などの外科的疾患が鑑別として重要 ・ 血便,嘔吐→腸重積 ・ 腹部手術の既往→イレウス 〈診察の要点〉 1. 一般状態の観察:これが最も重要.重症感があるか,緊急性の疾患か否かを判断する.痛みが強い場合は顔色が蒼白になることがある.虫垂炎で腹膜刺激症状がある場合は歩いたり,ジャンプをしたりすると痛がる傾向がある. 2. 腹部の診察:視診(腹部膨満,打撲傷,皮疹,鼠径部の腫脹),聴診(腸雑音の亢進,低下),触診(圧痛,筋性防御,反跳痛,腫瘤)などの所見に注意. 〈検査〉 ・ CBC,CRP,生化学 ・ 検尿(血尿,アセトン,沈渣) ・ 検便(血便,膿) ・ X線検査(腹部立位) 〈決して見逃してはならない疾患〉(要コンサルト) @ 腸重積:乳幼児では常に念頭に置く.病歴,ていねいな腹部触診,排便のない場合は浣腸を行って血便の有無をみる. A 急性虫垂炎:腹膜刺激症状が診断の決め手だが,小児では腹部症状が軽微なことも多く,疑わしいときは経過観察しながら時間を追って診察を繰り返して腹部所見の変化をみる.血液炎症反応の上昇,腹部エコー所見を実施する. B 嵌頓鼠径ヘルニア:乳児では必ず裸にして鼠径部まで診察する. C アレルギー性紫斑病:紫斑がない場合は診断が困難だが重症感がある. 〈ERでの対応〉 ・ 粘血下痢便を伴う腸炎の場合,抗生物質の使用の前に必ず便培養を行う. ・ 診断がつかない内は原則として鎮痛薬は用いない(症状をマスクして診断が遅れることがある) ・ 帰すときでも症状増悪時は再受診するように説明しておく. 【急性腹痛の原因】 多い 時々 まれ 乳児期 乳児コリック 腸重積 鼠径ヘルニア嵌頓 (0-1歳) 急性胃腸炎 尿路感染症 腸軸捻症 便秘メッケル憩室 外傷/虐待 幼児期 急性胃腸炎 アセトン血性嘔吐症 総胆管嚢腫,腹部腫瘍 (2-6歳) 便秘 アレルギー性紫斑病 肺炎 尿路感染症 急性虫垂炎 膵炎 腸重積,腸軸捻症 外傷/虐待 メッケル憩室 学童期 急性胃腸炎 アセトン血性嘔吐症 肺炎 (6-15歳) 尿路感染症 急性虫垂炎 骨盤内炎症性疾患,生理痛 便秘 アレルギー性紫斑病 総胆管嚢腫 起立性低血圧 消化性潰瘍 DKA (機能性腹痛) 炎症性腸疾患 外傷/虐待 小児科 中村豊一