溺水
 

 救急室における溺水治療の目標は救命のみならず、低酸素血症性脳症を防ぐことも重要な点で る。従ってできるだけ迅速に患者の重症度を把握し、適切な処置を施す必要が る。 下記に示すような来院時の意識状態による重症度分類は、簡便かつ予後判定上も有用とされている。 (下になるほど予後不良)
A群 覚醒(awake)
B群 混濁(blunted)
C群 昏睡(comatose) C1 除皮質群(decorticate)
                C2 除脳群 (decerebrate)
                C3 深昏睡 (flacid) 
 A群においては、とり えず2〜10P/分の酸素吸入を開始し、B群以下においては気道確保および循環状態の維持、 および静脈路の確保をしながら他のバイタルサイン、 及び基本的な理学所見を迅速にチェックし、適切に処置する。                    
《呼吸管理》 意識明瞭で、来院時の状態から軽症と判断される場合は鼻カニューレにて2〜4P/分、それ以外の場合にはフェイスマスクを介して、10P/分で酸素吸入を開始し、その後は動脈血ガス分析の値もしくはオキシメーターを参考にしながら調節する。 PaO270torr以上または酸素飽和度95%以上を目標とし、その維持が困難な場合や経時的に悪化傾向に る時、さらには意識状態が不良な場合には、PEEPを含む呼吸管理を目的として気管内挿管を考慮する。この場合、他の意識障害の原因の有無についての検討も必要で る。(薬物、アルコール、てんかん発作、外傷等)
 一方、強度のアシドーシス(PH<7.2)の る場合や、胸写所見、聴診所見等によって大量の水の肺内吸引が予想される場合には、Secondary drowning 〔注1〕 の危険性を常に念頭に置き、動脈血ガス分析の結果を参考にしながら予防的気管内挿管を検討する。

  〔注1〕secondary drowning  
 救出後、時間経過とともに、遅れて肺水腫が進行する現象で、ARDSに到ることも る。従って溺水患者は、たとえ軽症に見えても救出後24時間は原則として医療施設での経過観察を必要とする。

(呼吸管理プロトコール)

C群 直ちに気管内挿管を行ない、ICUへ搬送し厳重な呼吸循環管理を開始する。
B群 フェイスマスクにて酸素10P/分で開始し、他の処置を行ないながら呼吸および意識状態の評価を反復して行なう。
  1  PaO2<70 または意識状態の悪化傾向が れば気管内挿管を行ない、ICUへ搬送する。
  2 それ以外は酸素吸入下でICUにて治療を続行する。
A群 酸素を2〜10P/分で開始し、呼吸状態、リスクファクター〔注2〕の評価をおこなう。
  1 10P/分以上でも  PaO2<70 なら気管内挿管を行ない、ICUへ搬送する。
  2 10P/分にて PaO2が 70〜100 程度の場合は酸素吸入下でICUにて治療を続行する。
  3 10P/分以下の酸素吸入にてPaO2≧100を維持できる場合は一般病棟入院とする。経過中に呼吸・意識状態の悪化が れば迅速に対応する。
  4 室内気にてPaO2≧100でもリスクファクターが る場合には入院による経過観察が望ましい。
  5 室内気にてPaO2≧100でかつリスクファクターがない場合でも、救急室にて5〜6時間程度 経過観察を行なう。さらに良好な状態を維持し、患者が帰宅を希望している場合には、数時間後に呼吸不全が出現する可能性が ることを十分に説明をしたうえで、帰宅可とする。

 〔注2〕リスクファクター
  患者因子 呼吸循環器系の基礎疾患を有する 
  状況因子 水を多量に飲んだ可能性が る
       救急室受診前の呼吸・意識状態に異常が った
       外傷が る
  検査所見 来院時のバイタルサイン、聴診・胸部X線・心電図所見、その他血液検査所見などに、急性の異常所見を認める。     
 

《補液》 患者の状態に応じて補液の種類・速度を決定する。血圧が安定しておれば維持液とし、低血圧状態ならラクトリンゲルなどの補液及び昇圧剤の投与を要する。
 海水または淡水の違いによる溺水後の血清電解質異常は、大量(1P以上)に吸引した場合に出現し得るものとされているが、救急室における輸液の選択の際には特に考慮する必要はない。 ただし、気道内または胃内に大量の吸い込み液の存在が疑われる場合は治療開始時に強制吸引もしくは胃内吸引をしておく必要が る。
 尿量の目安としては 小児>1N/L/時、成人>30〜50N/L/時を維持する。

《酸塩基平衡》 代謝性アシドーシス(±呼吸性アシド−シス)の出現がほぼ必発で るが、通常、適切な治療にともない迅速に改善する。 深刻なアシドーシスに対してはpH7.2を目標に補正する。

《保温》 通常低体温の状態に るので、直腸温を測定し、次の様に処置する。 
 35℃以上の場合 ;毛布等による保温のみでよい。
 32〜35℃の場合;電気毛布等にて積極的に外から暖める。
 32℃未満の場合 ;適度に加温されたネブライザーや輸液、微温湯による胃内還流等を併用しつつ緩徐に体温の上昇を計る。低体温状態の心臓は不整脈を出現しやすいので、このような患者の搬送や心臓カテーテル挿入等は慎重に行なう。一方、深部体温が32℃以下で心肺停止状態に りながら完全に回復した症例も多数報告されているので、この様な低体温状態で死亡の判定を下してはならない。

《抗生剤》  肺炎が疑われたら痰培養の検体提出後、ABPCの投与もしくは痰のスメアーを参考にした適切な抗生剤を選択し、その投与を開始する。

《その他》 # 溺水患者へのステロイドホルモンの投与に関しては議論が絶えないところで るが、通常使用されない。
  # 頚椎損傷が疑われる時には頚部を固定し、患者の移動にも細心の注意を要する。  
  # 乳幼児の風呂おけ溺水 などでは虐待児症候群の可能性を考慮し、必要と思われる場合は全身のレントゲン撮影を検討する。
 

                     

              呼吸器内科 喜屋武幸雄