脳血管障害
画像診断の進歩に伴い脳血管障害は誰にでも比較的簡単に診断が出来るようになったと言われている。しかし実際には、片頭痛あるいは末梢性めまいと診断して一旦帰宅させた患者が脳出血や脳幹部梗塞の診断で入院してくることも希ではない。要点を押さえた病歴の聴取および理学検査、およびCTの活用により多くの場合的確な診断は可能である。
1 診療の順序
典型的な発症パターンで受診する場合は診断は容易。頭痛、悪心、嘔吐、めまい、意識障害が急性に起こる場合には脳血管障害を第一に疑う必要がある。
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バイタルサインのチェック、意識障害の有無(JCS): 脳梗塞の場合、血圧を下げると梗塞巣の拡大が起こるので、降圧剤の投与は原則として行わない。ただし、最高血圧が220以上、最低血圧が
120以上であれば、血圧を下げる。心筋梗塞、心不全、解離性動脈瘤などがあれば血圧を下げる。
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気道の確保:ABG、パルスオキシメーターで低酸素血症があれば酸素の投与を行う(全ての患者に酸素は必要ない)。
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心電図のモニター: 発作性心房細動やその他の不整脈の診断に必要
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病歴の聴取および理学検査: 急性発症の病歴が大切。まず最初に脳血管障害以外の疾患の除外を行う。脳血管障害類似の症状を呈する疾患:慢性硬膜下出血、頭部外傷、脳腫瘍、低血糖、代謝性脳症、脳髄膜炎、静脈血栓症、トッド麻痺、片麻痺性片頭痛
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採血(生化学、CBC)、尿検査、血液ガス検査: 糖尿病患者が片麻痺を来した場合まず低血糖を疑うこと。グルチェックを行い低血糖があればチアミンと一緒に高張ブドウ糖液を投与。
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心電図:不整脈とくに心房細動、心筋梗塞の有無。
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胸写: 心臓の形、大きさ、弁および大動脈弓の石灰化、大動脈解離、肺炎の存在に注意。
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CT:脳出血およびくも膜下出血の診断に最も有用。発症直後の梗塞では異常が見られない。
脳梗塞の超早期に見られるCT異常所見:臨床所見を参考にして判読すること! いずれも反対側との比較が必要。
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hyperdense MCA sign(閉塞した中大脳動脈が高吸収域を呈する)
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脳溝消失
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島の白質と皮質の境界の不明瞭化
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MRI:撮影時間が長く体動による影響を受けやすいので急性期に行うことは少ないが、脳幹部や小脳梗塞の診断には有用。脳出血の診断はCTに劣る。
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脳血管造影法の適応:
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くも膜下出血:脳外科手術の適応であり、市立病院の場合脳外科医へ紹介転院となる。
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脳出血:高血圧の既往があり出血部位が典型的な場合には行わないがそれ以外の場合には血管異常を疑い行う。
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皮質下出血:動静脈奇形などの血管異常を疑い行う。
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脳血栓症:発症機序を知るためにもなるべく早期に時期に行う。
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心原性塞栓症の場合には行わない。
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いずれの場合でも年齢(生物学的)やADLなどを考慮して適応を決定
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SPECT:脳梗塞急性期の診断に有用。CTやMRI画像に異常が見られない場合でも、脳血流低下を
証明できる。また、TIAの場合でも、血流の低下した範囲を画像で証明することができる。
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ダイアモックス1g負荷により、脳血流の動態をより正確にしることができる。
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尿閉がある時は導尿、カテーテルの留置(ルーチンには挿入しない)
2脳血管障害の分類
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アテローム血栓症
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高齢者に好発。
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一過性脳虚血発作の病歴を持つことがある。
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緩徐発症・段階的に増悪。
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アテローム硬化を伴う基礎疾患(高血圧・糖尿病・高脂血症など)の存在。
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CTでは境界不鮮明な低吸収域、皮質は比較的保たれる。分水嶺領域に多い。
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ラクナ梗塞:深部穿通動脈の閉塞による小梗塞巣
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高齢者に好発。
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安静時に発症。
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特徴を持った下記の症候群を呈する。
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Pure sensory stroke:半身の感覚障害のみ
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Pure motor hemiparesis:顔面を含む片麻痺で感覚障害はない
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Ataxic hemiparesis:一側の下肢に強い不全片麻痺と失調症
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Dysarthria-clumsy hand syndrome:構音障害と一側の手の巧緻運動障害
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高血圧・糖尿病・高脂血症などの基礎疾患を持つことが多い。
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CT では皮質下に15mm未満の低吸収域、CTで描出出来ないときはMRI。
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心原性脳塞栓症
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突然発症しただちに症状が完成する(突発完成)。
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意識障害を伴うことがある。
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急速に症状の改善が見られることがある(spectacular shrinking deficit)。
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他臓器に閉塞が起こることがある(腎動脈閉塞による血尿、上腸管膜動脈閉塞による腹痛、四肢血管の閉塞)。
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心疾患(弁膜症、心房細動、心筋症、心筋梗塞、心内膜炎、僧帽弁逸脱、粘液水腫)の存在。
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CTでは動脈支配領域に一致した、皮質を含む大きい低吸収域、出血性梗塞に移行しやすい。
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一過性脳虚血発作
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虚血による一過性の脳機能障害で、症状は24時間以内に消失する。通常持続時間は15分以内であり、それ以上続く場合は梗塞とみなしてよい。
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脳梗塞の警告症状であり必ず入院して検査・治療が必要。
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被殻出血・視床出血
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高血圧症が最も多い原因
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活動時に突然発症
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片麻痺、意識障害が短時間で完成
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視床出血では自分の鼻先をにらむ眼位が特徴的
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CTで被殻あるいは視床に高吸収域。症状の増悪があるときは再検査が必要(ルーチンに6時間後に再検する必要はない)。
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被殻出血では意識障害が進行する場合、救命目的で血腫除去術を行うことがある。
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皮質下出血
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突然起こる神経脱落症状、痙攣で発症。
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若年者では脳動静脈奇形や動脈瘤の破裂、高齢者ではamyloid angiopathyが原因であることがある。
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CTでは被殻、視床以外の大脳半球に高吸収域。
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意識障害の増悪があれば、救命目的で血腫除去術を行う。
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脳幹部出血
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40〜50歳代の高血圧未治療者に多い。
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突然起こる頭痛、悪心・嘔吐、めまいおよび意識障害で発症。
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橋出血では四肢麻痺、縮瞳、ocular bobbingが特徴的。
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CTでは脳幹部に高吸収域。
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予後は病巣の大きいと不良であるが、病巣が小さいと経過は良好である。保存的治療が主である。
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小脳出血
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頭痛、めまい、悪心、嘔吐および起立・歩行障害で急性に発症。悪心、嘔吐が前面に現れ、消化器疾患と誤診される場合がある。
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CTで小脳に高吸収域の証明
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意識障害がある場合には血腫除去術の適応となるので転院先の脳外科にコンサルトすること。
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くも膜下出血:動脈瘤の破裂が最も多い原因。
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突然発症しピークに達する頭痛が特長。その程度は激しい場合から、ごく軽い場合(leak
pain)までさまざま。意識障害があれば頭痛は訴えない。
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髄膜刺激症状(項部硬直、Kernig徴候)。ただし、発症直後や老人では認められないこともあるので注意。
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局所神経徴候を見ることは少ない(動眼神経麻痺は時に見られる)。
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眼底鏡検査で網膜前出血(円形で、血管の前に存在)。
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CTではくも膜下腔に高吸収域の存在。出血が多く存在する場所が出血部位。
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腰椎穿刺は禁忌。ただし、病歴からくも膜下出血が最も疑われ、かつCTで出血が証明できない場合、腰椎穿刺を行い出血の有無を確かめる必要がある。この場合traumatic
tapとの鑑別が必要。
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診断が確定すれば直ちに脳外科医へコンサルト。
※慢性硬膜下血腫:外傷による架橋静脈の断裂により、硬膜下腔に血腫が貯留。
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高齢者、アルコール多飲者に好発。
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外傷は軽度で、憶えていない場合が多い。
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頭痛、悪心、嘔吐および片麻痺が徐々に出現。症状の変動も特長のひとつ。
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高齢者の場合には進行性の記銘力・活動性の低下が主で痴呆と間違われる。
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CTでは中心構造物の偏位を伴った硬膜下の高〜等〜低吸収域の存在。両側 性の等吸収域を呈する血腫の場合、CTによる診断は困難→MRIを行う。
3 脳浮腫の治療
脳圧の亢進が存在するとき、あるいは発現が予測されるときに行う。
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グリセオール(10% glycerol, 5% fluctose, 0.9% NaCl):200ml 〜500mlを急速に点滴静注。
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その後は200mlを8時間毎に点滴静注(100ml/H)。
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注意点:血糖、ナトリウム、BUNの上昇が起こるのでチェックが必要。糖尿病、心不全、高血圧患者に使用する場合は慎重に!
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D-マンニトール(20%マンニトール注、マニトンS 300ml)
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1回1〜3g/kg、点滴静注(速度 100ml/3~10分)、1日量200gまで、急性頭蓋内血腫は禁忌。
4 脳血管障害患者の輸液
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アテロ-ム血栓症
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キサンボン 4V
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ガスタ- 1A
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プレビタS 1A
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ソリタT3 500mlを1日2回朝・夕点滴静注
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ラクナ梗塞
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キサンボン 4V
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ガスタ- 1A
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プレビタS 1A
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ソリタT3 500mlを1日2回朝・夕点滴静注
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心原性脳塞栓症
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ニコリン 1A(500mg)
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ガスタ- 1A
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プレビタS 1A
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ソリタT3 500mlを1日2回朝・夕点滴静注
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脳出血(大脳、小脳、脳幹出血)
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ニコリン 1A(500mg)
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ガスタ- 1A
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プレビタS 1A
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ソリタT3 500mlを 1日2回朝・夕点点滴静注
なお意識障害があるか、経口食がとれない場合、Mチュ-ブによる、経管栄養を行う。
悪心、嘔吐が強ければ、発作当日は経管栄養を行わない。尿量が1000ml程度の輸液を行う。
3日以上では、流動食注入前にエリ-テンを点滴に混注するか、静注して経管栄養を行う。
5 脳梗塞患者の血栓溶解治療
心原性脳梗塞には、抗血小板薬より、ワ-ファリン内服が効果的であるい。
ワ-ファリン 2〜3mg1日1回投与し数日でINR 1.5 〜2.5倍を目安に維持量を決める。